木更津ミナート

木更津みなとぐちアートプロジェクト 2022 ミナート

みなとぐち ART WEEK 展示場案内

木更津市中央公民館

1.木更津市中央公民館 (アクア木更津B館3階多目的ホール) ​

参加校:波岡中学校

地域の人々が気軽につどい、共にまなび、人と人をつなぐ場である公民館。市内に15館ある公民館の中で、中央公民館は木更津駅西口(みなと口)スパークルシティ6階にあります。また、隣接するアクア木更津B館3階には多目的ホールもあり、様々なイベントが行われています。

木更津駅

2.木更津駅

参加校:清川中学校美術部

木更津駅までは、東京駅から内房線特急さざなみ号で約55分、快速で80分です。木更津駅からは上総亀山駅(君津市)まで久留里線が乗り入れています。駅を降りたら海側が西口(みなと口)、山側が東口(太田山口)になります。
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きさらづみらいラボ

3.きさらづみらいラボ

参加校:暁星国際小学校

市民活動に関する情報収集・発信を行う場であり、様々な分野の市民活動団体の拠点として平成27年(2015年)に設置された施設です。市民活動支援センターの常駐スタッフが市民活動に関する相談等のサポートを行っています。>>出前ワークショプの様子はコチラ

久留里屋商店

4.久留里屋商店(百年蔵/お蔵シアター)

参加校:真舟小学校

築100年の米蔵を改装したミニホールです。
主宰者でもある店主は、木更津市のみなとまち木更津再生プロジェクトに賛同し古い街並みの保全と街の賑わいの創出を目的に独自に活動されています。
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愛染院

5.愛染院、富士見公園

参加校:清川中学校美術部

明治31年(1898)に四寺が合併して出来た真言宗豊山派の寺院ですが、承久2年(1220)に竜意阿闍梨(あじゃり)が開山した愛染院の法灯を繋ぐ寺院です。境内には享保6年(1721)銘の道標(観音塔)があります。現在の木更津駅付近にあった西光寺まで「四町」(約436m)、鹿野山と佐貫(富津市)まで「四里」(約15.6㎞)と刻まれています。江戸時代には、現在より多くの寺院が周辺に営まれていて、寺町と呼ばれていました。
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旧木更津市保健相談センター

6.旧木更津市保健相談センター

参加校:南清小学校

平成27年(2015)に木更津市役所朝日庁舎に移転をしたが、現在は、中部地域包括支援センター及び夜間急病診療所として利用されています。

ヤマニ綱島商店

7.ヤマニ綱島商店

参加校:富来田小学校

古くからの魚河岸である「さかんだな」に軒を連ねた旧仲片町の老舗商家の一つであり、慶応2年(1866)創業の乾物店。綱島村(現在の横浜市港北区)から移住した当初は魚屋を営み、慶応2年から現在の商いとなったとされています。 道路に面した土蔵造りの平入り店舗(前店蔵)とその奥の仕事場(中店蔵)からなります。昔の中店蔵では、きな粉や片栗粉などの粉物の袋詰めや干し椎茸の選別などの作業をしていました。前店蔵と中店蔵外壁は白漆喰仕上げで、30㎝強の厚さがあります。 建造物は国の登録有形文化財に指定されています。

紅雲堂書店

8.紅雲堂書店

参加校:請西小学校

江戸時代には乾物屋を営んでおり、明治元年の創業当時の面影を残す書店です。

鳥居崎海浜公園

9.鳥居崎海浜公園

参加校:木更津総合高校

木更津発展のシンボルである「港(みなと)」を活かし、公園に賑わいと活力を生み出すため、公募設置管理制度(Park-PFI)を活用し、民間活力の導入により整備されました。 園内には、レストラン、カフェ、宿泊施設などもあり、子どもから大人まで多世代にわたり楽しめる新たな公園です。

木更津ミナート

10.鳥居崎公園 富士見大橋下

鳥居崎海浜公園に隣接した木更津の産業をつなぐ橋。

證誠寺

11.證誠寺

参加校:木更津第二小学校

童謡「証城寺の狸囃子」(野口雨情作詞、中山晋平作曲)は、このお寺に伝わる「狸囃子伝説」に着想を得て誕生しました。證誠寺は寛文3(1663)年6月に、当地では唯一の浄土真宗寺院として現在地に開かれました。 寺の開創当時、この近辺は「鈴ヶ森」と呼ばれた森林でしたが、この地に寺院を創建しました。 また「寺子屋(庶民の教育機関)」となっていた時期もあり、地域の人たちに親しまれていました。 明治時代に詩人の松本斗吟が地元の文芸誌「君不去(きみさらず)」の中でこの伝説を紹介し、この紹介をもとに、大正時代に当地を訪れた野口雨情が雑誌「金の星」で“証城寺の狸囃子”を発表、中山晋平の曲を得て、大正時代末期に童謡「証城寺の狸囃子」として発表されました。正式な寺の名称は「證誠寺」なのに、曲の中では「証城寺」となっていますが、これは「君不去」の中の誤植を野口雨情がそのまま参考にしたため、との説が有力です。

木更津会館(見番)

12.木更津会館(見番)

参加校:木更津一小学校

正式名称「木更津会館」、俗称「見番」 料亭への芸者の手配、予約手配、置屋、他花街の統括管理が主な業務となり、芸妓の育成、お稽古等、伝統文化継承に貢献する建物です。 木更津芸者の歴史は江戸時代にまで遡り、当時は木更津船による江戸との海上交流が盛んだったことから、江戸文化や風俗も多数流入しました。 当時、房総の海の玄関口だった木更津は、一大街を形成し、木更津芸者が生まれ育ちました。木更津の花柳界は大正から昭和30年代にかけて全盛を誇り、最盛期には200人もの芸者が在籍しました。その中心的な建物として木更津会館(見番)があり、当時のまま保存されています。今では千葉県内で唯一の見番となっており、木更津芸者の踊りや小唄のお稽古場となっています。

八剱八幡神社

13.八剱八幡神社

参加校:鎌足小学校

JR木更津駅西口(みなと口)から徒歩およそ5分のところに鎮座し、「八幡さま」の呼び名で親しまれています。その地の利の良さから参拝者が後をたたず、賑わいを見せています。主神は誉田ホンダ別命ワケノミコト(応神天皇)、息オキ長足ナガタラシ姫ヒメノ命ミコト(神功皇后)、足仲彦タラシナカツヒコノ命ミコト(仲哀天皇)で、相殿に素盞鳴スサノオノ命ミコト、日本武尊が祭られており、古えより八剱の里八剱の神と称されていました。 源頼朝が鎌倉開幕に当たり、神領を寄進して神殿を造営したといいます。拝殿の天井には、狩野派の技法で風景・花鳥・動物などの装飾画が描かれており、18世紀の作品と思われ、市の指定文化財となっています。毎年7月第2土曜日と翌日曜日に行われる夏まつりでは、関東三大神輿の一つと言われる大神輿が巡幸します。若者たちが重さ1.5トンという超重量級の神輿を担ぎ上げ、市内を練り歩くさまはまさに圧巻です。
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光明寺

14.光明寺

参加校:暁星国際小学校

建武2(1335)年、池上本門寺第三祖日輪上人の開山とされる日蓮宗の寺院で、本堂前には樹齢が400年を超えると言われている大きな黒松があります。その姿が舞鶴のように見えることから「舞鶴の松」と呼ばれています。ここには、歌舞伎「与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」でお馴染みの「切られ与三郎」の墓があることでも有名です。
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